キンプリ『マホロバ』と『君を待ってる』の歌詞の違い。24時間テレビに使うならどっち?

※この記事の文字量は15分相当です。

妻の抗体

4か月ぶりの更新となります。
季節は冬から変わり、春も飛ばして夏となりました。
その間、新型コロナウィルス(COVID-19)も日本にやって来ていますが、
既に、テレビで平野紫耀と出会ったときから別のウィルスに感染しているせいか、妻の様子は大きく変わりません。

妻は先日2020年5月30日放送の『Premium Music 特別編(プレミアムミュージック特別編)』を生放送で見ながら、
「これは編集がしづらいタイプだ。」
と辛そうな顔で独り言を言いながら、それでも4時間、テレビの前から離れないのでありました。

「編集がしづらい」というのは、
テレビの端に顔が出る小さい窓(ワイプ)に平野紫耀が出ている非常に多数のタイミングを、全部くり抜いて、他を削除するように録画を編集する作業が、大変である
ということを意味しているのだと思います。

アイドルファンとして、こういった行為がどれだけ一般的なものなのか、私には分からないのですが、
とにかく熱意がないとできない所業であるということは、私にも分かります。

『君を待ってる』妻は予想が的中しても嬉しくはない

この『プレミアムミュージック特別編』では、妻の大好きな平野紫耀が司会をし、コロナの影響で少なくなった新収録のキンプリの歌出演がありました。

当然、放送前の段階から、妻はこの番組を楽しみにしていた様子でしたが、
放送前から妻には懸念があったようで、それは何かというと、
この番組中では『君を待ってる』が使われるのではないか?
ということでした。

どの時点で答えを確認できたのかは分かりませんが、
実際に『プレミアムミュージック特別編』の『ジャニーズメッセージ曲メドレー』のコーナーにて使われた曲は、
『君を待ってる』でした。
妻の予想は的中しました。
しかし、これは妻にとっては喜ばしいことではないようです。

歌詞の問題性が妻に与える影響

この『君を待ってる』は、2019年4月にリリースされたKing&Princeの3枚目のシングル曲ですが、
歌詞の問題性について、以前このブログで取り上げたことがありました。

歌詞の問題性を簡単に言うと、
「岩橋玄樹が想起される状況の中での、このようなメッセージの歌詞は、あまりに不適切である。」
ということになります。
詳しくは、以前に記載した記事を参照いただければと思います。

この『君を待ってる』の歌詞の問題の意見は、私個人のものですが、
妻も同じ意見であるようなので、
テレビ番組で『君を待ってる』が流れると、妻としてはいい気分はしないのです。

私よりも遥かに妻の方がキンプリが好きなだけ、
キンプリが『君を待ってる』を歌っているのを見ることに対しては、私よりも妻の方が敏感だと思います。

提供される楽曲次第でファンの心中は複雑

ファンはもちろん、ファンでなくても、キンプリが歌う曲を聴く多く人にとって、その曲は「キンプリの曲」として認識されます。
曲にメッセージ性があるとすれば、それは、キンプリからのメッセージとして、曲を聴く人は感じることが多いでしょう。
これは、ジャニーズアイドルを含めた、歌う楽曲が作られる過程に自分たちが直接関わっていない歌手全般に言える問題と思います。

もし、キンプリが歌う曲は、キンプリ自身が作った、もしくは、既に作り上げられた楽曲をまったく「しがらみ」がない状態でキンプリ自身が選択したのであれば、
最悪、その曲のメッセージ内容が劣悪でも、その責任はキンプリ自身が取れます。
ファンは、「なんでこんなイヤな曲を好んで歌うんだ!」と、
実際にキンプリへ抗議はしなくても、ファンの心中では、キンプリを責めることができるでしょう。
ファンはキンプリに見限りを付ければよいのです。
キンプリ自身も、プロとして、ファンの権利として、それを受け止めることができるはずです。

しかし、現時点では、一度出来上がったとされた楽曲に対して、意思どおりに修正、修正依頼、採用中止をする十分な権利がキンプリにはない以上、
キンプリにはそのような責任もなく、楽曲内容への批判も受け止めることはできません。

ファンが嫌いな曲を、キンプリがアイドルとして歌っている(アイドルらしく笑顔で歌うなど)事実を、
アイドルとしてのキンプリを好きでいるそのファンは、どのように受け止めればよいのか?
ファンの心中は、かなり複雑なものなのではないかと、想像しています。

キンプリは楽曲制作に関わるべき?

では、キンプリが楽曲制作に関わればよいのか?
ということになりますが、私はそうは思いません。
理由は簡単で、それが制作であろうと、選択であろうと、行うには、芸術家としての能力が必要だからです。

「責任が持てる。」「曲を聴いてもらう人から嫌われても、それを受け止める覚悟がある。」という段階に行かないと、私はそういった行為は行うべきではないと、思います。
メンバー6人の芸術的才能やその責任感がどれくらいのものなのかは、私も分かってはいませんが、少なくとも、まだ若い現時点では、その段階ではないのではないかと思っています。

いずれは、KinKi KidsやTOKIOなどのように、一部や多くの楽曲を歌う自分たちで作っていくなどの可能性は十分にあると思いますが、それはまだ先の話と思います。

少なくともしばらくは、キンプリへ提供される楽曲がよりよいものであることを、ただ願うしかありません。

なお、これらの話を鑑みると、メッセージ性の強い楽曲をアイドル(歌う曲を自由に選びづらい歌手)に提供するという行為は、
より一層の責任感を求められることになるのだろうと、思いますが、
一部を除いた、ちゃんとした芸術家は、そういったことがいかなるものであるかは心得ていると思いますので、
提供する側にとって、それ自体が高いハードルになることはないかとは思っています。

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『マホロバ』は妻にも好評

ところで、妻に、
「『君を待ってる』と『マホロバ』のどちらの曲が好き?」
と尋ねたところ、妻の回答は
「圧倒的に『マホロバ』です。」
とのことでした。

なぜ『マホロバ』が出てくるかと言いうと、
それは、両曲とも、1枚目のアルバム『King & Prince』に入っていて公表時期が比較的近い曲ということもありますが、
それ以上に、両曲とも、「休養中の岩橋玄樹への曲」という意味が入っているからです。

『マホロバ』は、作詞作曲をナオト・インティライミが行い、キンプリに提供されたものですが、
当時ナオト・インティライミ自身が、この曲には岩橋玄樹へのメッセージも込められている旨を明言しています。

『君を待ってる』における岩橋玄樹への関わりは、同じく以前の記事『感性の問題ではない!高橋優の歌詞とパニック障害療養中の岩橋玄樹』で記載しました。

機会があり、少しこの2つの曲を比較したくなり、
少しだけではありますが、『マホロバ』の歌詞についても触れることとしました。

弱っている人に贈るべきメッセージ

「精神的に弱っている人には、どのようなメッセージを贈ればよいのか?」

以前の記事でも似たようなことを書いたと記憶していますが、私の考えでは、

「本当に弱っている人には、他人からのメッセージなど、なかなか届かない。」

と思っています。

周囲の人間ができることは、
相手が話を聞いてほしいタイミングで話を聞いてあげることと、
身体的な負荷を減らすこと、
もしできるのであれば、将来の不安材料を実際に減らすことだと、
私は思っています。

一般の人がSNSなどで不特定多数に対してメッセージを公開するのであれば、よいと思いますが、
口頭でにしろ、ツールでにしろ、直接対象の人にメッセージを伝える(受け取る側は、少なくとも一度は、それを受け取らなくてはならない)とするならば、
それ相応の覚悟を持ってほしいと、私は個人的に思っています。
(関連することは『キンプリ岩橋玄樹とセクゾ松島聡のパニック障害療養の対応の差とファンの対応』でも触れました。)

覚悟というのは、「自分は、取返しのつかない、余計なお節介をするかもしれない。」という引き際を重視できる姿勢です。

歌詞にするとなれば、難易度は相当高いと思った方がよいでしょう。

想像力のある人間は慎重になれる

人間は、人間性に影響を及ぼすような経験を積むことによって、その経験の範囲の想像力を増やせます。
その人にとって真に大切な人の経験を理解しようとすることや、
純文学小説などの文学性のある芸術に触れることでも、そのような疑似体験ができるため、同様に想像力が増えることがあります。

想像力を多く持つ人間は、想像がうまくできない物事に対して、「想像できていない」ということを自覚できます。
「想像できない領域に対しては慎重になれる」というのも、想像力を多く持つ人間ができる能力の一つです。

『君を待ってる』の歌詞という範囲においてでも、
作詞を担当した高橋優が、精神的に弱っている人、精神的な弱者の状況を、正面から理解していない
ということが想定されますが、
恐らくは、高橋優は、狭義な意味で、そのような精神的に弱っている人、精神的な弱者の経験はしていなく、
真にそのような人の経験を理解しようとしたこともなく、
そういった文学にも馴染みはないのでしょう。
でも、それ自体は問題ありません。

問題なのは、高橋優が、今回の歌詞が人に影響を与えるという状況を想定できたにも関わらず、歌詞を書いて、提供したということです。
一部弱者の気持ちを想像する想像力がないにも関わらず、それを自覚し、慎重になることができなかった。
これは、先に記載のとおり、全般的に想像力が乏しいことが起因していると私は思います。
芸術家として、少なくとも具体的なメッセージ性が出やすい詩(歌詞)を作る者としては、致命的な欠点だと思っています。

キンプリは『君を待ってる』の歌詞をどう思っているか

3枚目のシングル曲のタイトル歌詞の担当が高橋優に決まった背景には、
「元は別のタイトルと歌詞があった」という話や、
「平野紫耀が高橋優を推薦した」という話など、
どの程度が噂の範囲なのかは把握していませんが、少し複雑な経緯がありそうです。

ところで、キンプリメンバーは、『君を待ってる』の歌詞をどう思っているか?

良い印象を持っていたら、「いい曲です」と言うだろうし、
悪い印象を持っていても、「いい曲です」と同じことを言うことになるでしょう。
その真意は、私のような一般人には知ることはできません。

ほとんど何も知らない一般人として想像すると、恐らく、
少なくとも2020年6月現在までにおいては、『君を待ってる』に対して強い悪印象は持っていないのではないかと思います。
持っていたとしても、「なんとなくの違和感」といった感じなのではないかと思います。

そう思う理由は簡単で、先も書いたとおり、
狭義な意味で、そのような精神的に弱っている人、精神的な弱者の経験はしていなく(理解に時間が掛かる)、
真にそのような人の経験を理解しようとしたこともなく(より理解に時間が掛かる)、
そういった文学にも馴染みはない(時間と感性と読書耐性が必要)から
となります。

キンプリメンバーは、心に一物を抱えて育つような芸術家として歩んでいるのでもなく、しかもまだ若いため、ある意味では、健全なのだと思います。
ただ、そういった弱者の気持ちも理解してほしいと思うファンがいる場合、そのファンらにとっては、よい話ではないとは思います。

キンプリを応援しづらいなら

ある意味で平凡な私たちも、若くても、老いていても、年を増やせば、少なからず経験が増え、
一人ひとり個性を持った方法で、新しいことをあれこれと発見してきます。
キンプリメンバーも私たちと同様に、6人それぞれが、それぞれなりの方法で、新しくあれこれと発見していくことになるのだろうと思い、
私は、たとえそれが勘違いでも、そんな若い彼らを見ているのが好きでいます。

アイドルへのファンが、ファンを継続するか否かや、アイドルをどのように応援するかは、ファンそれぞれでよいと思いますが、
『君を待ってる』の歌詞が嫌いな方も、
キンプリが『君を待ってる』の歌詞に好印象を持っていることがイヤな方も、
キンプリを応援する方法は、少なくないと思っています。

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『マホロバ』の歌詞もダメなのか?

『マホロバ』は、妻の取り留めのない音楽再生により、時折私の耳には届いてはいましたが、
今回、改めて、その歌詞を見てみました。

高橋優の『君を待ってる』とは異なり、
ナオト・インティライミの『マホロバ』の歌詞には、精神的に弱っている人に寄り添っている、少なくとも、寄り添おうとしている態度が、とても感じられました。
その上で、「あなた自身にとっての前があるのなら、そちらを向かせてあげたい。」という気持ちが伝わってきます。

「向くべき方向」「向くべきタイミング」は、他者が決めるものではない。
このことも、高橋優にはない、ナオト・インティライミの考えと分かります。

ナオト・インティライミは、狭い日本よりも広く世界中の人々と交流している分、
「人間が持つ人生観や価値観がいかに多様であるのか」
その多様性が分布し得る広さを、人一倍理解しているのかもしれない。
そう想像させられもします。

『マホロバ』寛容な父

『マホロバ』の歌詞が、当時の岩橋玄樹や、同じような状況にある人々に、どのようにどれだけ届いたのかは、当人たちにしか分かりませんし、
「この歌詞を聞いて、気持ちを前向きにするべき。」というものでもありません。

ただ、「押しつけがましい」という感覚は、比較的少なかったのではないかと想像しています。

私の個人的な『マホロバ』への所感は、
ナオト・インティライミに、もし子供がいて、その子供が弱ったのなら、その子供になるべく寄り添って、そして、ゆっくりと前を向いてもらうよう、協力するのだろうなと、
『マホロバ』の歌詞からは、寛容な父のような、優しさと強さを持った人柄が感じられます。

ナオト・インティライミには、今後も定期的にキンプリに楽曲を提供してくれると、嬉しく思います。

24時間テレビに『君を待ってる』が採用されないことを期待

ところで、以前の記事で、
『君を待ってる』の歌詞を批判すると同時に、『24時間テレビ』についても批判的なことを書きました。
あとは、『24時間テレビ』を痛烈に批判したテレビ番組『バリバラ〜障害者情報バラエティー〜』を、擁護することも書いています。
(テレビ番組を別の局の裏番組がほぼ正面から批判するという、かなり尖った事実に関するものです。)

ないとは思いますが、
万万が一にですが、
この批判的な記事が、何らかの形で『24時間テレビ』の制作陣の耳に届き、
制作陣が「そう来たなら、『24時間テレビ』で『君を待ってる』を使ってやろう!」
とはならないよな…
と、これは私の過剰な思い込みのような気もしますが、
可能性はゼロとは言えないので、少々気になったりもします。

というのも、先日の『プレミアムミュージック特別編』では、『ジャニーズメッセージ曲メドレー』ということで、
「メッセージ性がよい曲」という意味合いの中での『君を待ってる』の選曲となっていたのが、
引っかかったのがキッカケとなります。

『プレミアムミュージック』も『24時間テレビ』も、放送局は日本テレビ(日テレ)なので、制作陣内の担当も一部同じ可能性があります。

このブログの内容の伝達は関係ないにしても、
制作陣の放送内容を考える上での価値観が、
『プレミアムミュージック』と『24時間テレビ』、そして『君を待ってる』の歌詞で、共通している可能性が考えられます。

もし、『24時間テレビ』の中で『君を待ってる』を推すことがあったのなら、
「やっぱりな」という感覚と同時に、日本テレビには失望します。

ただ、『24時間テレビ』については、
「24時間という長時間を生放送で対応する」という考えも面白いと思いますし、
テーマの一部に障害者や社会的な弱者を取り扱ったものを入れること自体は、悪いものではないと思っています。

コロナ禍にキンプリの露出が少なかった中、妻を救ってくれた『King & Prince MEDAL RUSH(メダルラッシュ)』を放送してくれた放送局だけに、
「よりよい番組を作っていってほしいな」と、個人的には思っています。

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