平野紫耀の天然はホンモノ?キンプリメンバーへのマウンティングは?

※この記事の文字量は14分相当です。

平野紫耀の性格に関する疑問

平野紫耀は本当に天然?
平野紫耀の本当の性格は?

King&Prince平野紫耀が好きになった人であれば、そんな疑問が一度は頭をよぎったのではないでしょうか。
そんなファンの方々は、既にご自身なりのその疑問の答えを持っているかもしれませんし、
疑問を疑問として残して、ファンを続けているかもしれません。

このような話題については、過去にも妻とよく話すことが多くあり、私も「面白いな」とは思っていました。
(ちなみに、この際の妻との会話は、例のように、私からの「平野紫耀は悪くない」という主張によるものが多いです。)

「平野紫耀の性格」については、過去の日記でも多く記載していますが、
今回の記事では、一部を少し掘り下げてみたいと思います。

私は心理学者ではないので、間違いや不足があるかもしれないこと、
そして、とても高慢な記載となっていることを何卒ご容赦いただき、
以降、長文となっていますが、よろしければ、ご覧いただければと思います。

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平野紫耀は天然なのか

私が思う範囲では、「平野紫耀の思考の一部は天然で、一部は頭の回転がよい」のではないかと思っています。

頭の回転がよい一面を見ると、「天然はウソなのではないか」という印象を持つかもしれません。
平野紫耀ビジネス天然説もありました。

多くの人には、頭の回転として、苦手な分野と得意な分野があると思います。
平野紫耀の場合は、人とのコミュニケーションという分野における、更に限られた部分において、苦手な領域があり、その苦手な程度と、それ以外の苦手ではない領域の程度の差が大きいのではないかと思います。
全体的に天然であれば、「この人は天然だ」と思いやすいですが、その天然の領域と程度の偏りが大きいと、
多くの人に意外性を与えているのだと思います。

平野紫耀のバラエティー番組での扱い

最近では、テレビ番組でも「平野紫耀はボケ」という認識が定着しているようです。
バラエティー番組では、「周囲からツッコまれる」という立ち位置になることが多いものと思います。

このこと自体はよいのでが、私個人的に少しイヤに感じることがありまして、
それは、「周囲のタレントや番組編集が、平野紫耀をボケとして強引に成立させようとし過ぎている」と思われることです。

平野紫耀は、確かに変な言動をすることがあります。
これを可笑しく見せたり、それを面白くツッコんだりするのはいいですし、テレビ番組であれば、面白くツッコんで、面白い番組として成立させてほしいとは思います。

ただ、平野紫耀も、理知的でまっとうなことも多く言うので、そこは、まっとうなこととして、ちゃんと周囲も聞いて、扱ってほしいと思っています。
平野紫耀は、一時的に頭の回転が悪くなることはあるにせよ、後でそれがボケだったのかどうかは分かる人だと思います。
平野紫耀が「俺の言うことは、なんでも天然ボケとして扱われる。」とイヤに思うこともあったのではないかと思います。

バラエティー番組等で平野紫耀を見ていると、「平野紫耀がやりづらそうだな」と思うことが、少なくはありません。

なお、岸優太も天然ボケではありますが、
岸優太のボケは、平野紫耀のボケとは違うものと思いますので、
違う解釈が必要になるのではないかと思っています。

妻としては「少々乱暴な口調が気になる」

以前、妻が気にしていたのは、平野紫耀が時折見せる少々乱暴な口調でした。
私は気になりませんでしたが、この感じ方の違いは何かなと考えると、
多少の性差や、自身の性格、自身の周囲の人の性格によるところが大きいかと思い、そのことについて妻に話したことを憶えています。

男性もしくは男性性としての性格(女性にはないという意味でも、女性的でないという意味でもありません)の場合、同等の立場で親しい人に対しては、口調が砕けることがあります。
間柄が親しければ親しいほど、口調は砕け、乱暴にも見えることもあるかもしれません。
このような口調の特徴を持ち主は、以下のような感覚を持っていることも多いと思います。

  • 口調ぐらいでは、相手からの信頼は変わらない。
  • 相手からの心象に多少影響があったとしても、相手との関係性としては些細な問題である。
  • 相手からの心象を気にすることは、相手からの信頼を裏切ることとなる。

「相手を信頼していれば口調は砕ける」という訳ではありませんが、砕けた口調は、ある意味で「信頼の証」とも、言えるかもしれません。

また、親しい相手にも礼儀はわきまえていても、その礼儀は、敢えて見せないようにすることもあります。
理由は、礼儀を見せる必要がなく、礼儀を見せることが恥ずかしいからです。

文化や時代による変化はあるとは思いますが、「同等である」「親しい」という条件がそろえば、平野紫耀やキンプリに限らず、男社会では珍しいことではないかと思います。

劣等感は優越感を求める

劣等感(コンプレックス)を抱えていたり、承認欲求が満たされていなかったりすると、人は優越感を求めるもので、これは、男女に限った話ではありません。

よく勘違いされやすい印象ですが、承認欲求や優越感は、本来悪いものではありません。
「なりたい状況、なりたい自分になる」などの自己実現に対する動機ともなります。

問題なのは、過剰に承認欲求や優越感を求めることがある場合で、
過剰に求めた末の行動が、「なりたい状況、なりたい自分になる」ための行動とは結び付かない、
場合によっては、「なりたいもの」とは逆の結果を生むことがあります。

俗に言う「マウンティング」は、その一例です。

マウンティングの構造の一例

※この項目は、平野紫耀に関する次の項目への事前補足として、マウンティングの一例を記載しています。
ご興味のない方は、次の項目まで、読み飛ばしていただければと思います。

例えば、「幸福な家庭を持っている」と自他ともに認められたいと思っていて(自己と他者からの承認欲求がある)、かつ「自分の家庭は幸福でない」と薄々気が付いている人がいたとします。

更に、その人は、改善のための行動を起こすエネルギーよりも、承認欲求の方が強いために、家庭内での問題に対峙対処していくよりも、自他に対し誤魔化すことを優先していたとします。

この場合、自分に誤魔化すとは、本人が強く関心があるはずの「自分の家庭は幸福か不幸か」の事実について、はっきりとは考えようとはしないことであり、これにより、「自分が望む家庭の幸福とは何か」とか「それに近づけるためには何が問題か」などへ意識が向かなくなり、家庭内での問題への対峙対処ができなくなる結果を招くことになります。

他人に誤魔化すとは、ご近所グループや友達グループなどに対し、自分の家庭が幸福であるかのように見せたりしますが、
「他人から、家庭内が不幸だと思われ、蔑まれること」を強く恐れるあまり、
蔑まれる状況とは一見して反対の状況、「自分が気にしていることのすべてにおいて、他の人よりも優れている」という状況に自分をしようと、虚栄心が出たり、相手に威圧的な態度をとったり、頭と体が勝手に動く場合があり、
これがマウンティングの行動となりえます。

マウンティングの結果、そのグループの社交の中では、蔑まれることはなくなるにせよ、グループメンバーの心中では蔑まれることとなり、まして「幸福な家庭を持っているだろう」とは、思われない結果となります。

平野紫耀はマウンティングをするか

平野紫耀のキンプリメンバーへの態度が、一部威圧的に見えた場合、これがマウンティングによるものなのか、疑問に持つかもしれません。

大きな尺度の一つは、「平野紫耀は劣等感(コンプレックス)を多く持っているかどうか」になると思います。

この際の劣等感(コンプレックス)とは、
例えば、「多くの人ができることができない」状況にあるときに、
「多くの人は〇〇ができるが、自分はこれぐらい○○ができない」という認識が本人に明確にある場合ではなく、
そういった自己認識しないで、自分に誤魔化そうとしている場合に出るものです。

平野紫耀の場合、過去にも「一人で外食できない」など、人によっては誤魔化したいと思うことでも、人に対して堂々と話しています。
自分の欠点を簡単に人に話せる人は、自分を誤魔化すことはしづらいと思われ、
この点から、平野紫耀は、苦手なことはあるにせよ、劣等感(コンプレックス)は持ちづらく、
マウンティングをしようとする気質は少ないものと推測できます。

キンプリメンバーのパワーバランス

平野紫耀のキンプリメンバーへの口調に限った話であれば、それ自体がキンプリメンバー間の不仲やパワーバランスを示すものではないと思います。
ただし、実際に、不仲があるのか、多少ある年齢や経歴の差以上のパワーバランスがあるのかは、分かりません。

まだデビューして半年までぐらいのときは、それらが多少見え隠れした印象ですが、最近はそれも少ないというのが、私の印象です。
この変化には、少なからず、岩橋玄樹の休養も関係しているのではないかと思っています。
(似たようなことは、以前の日記『永瀬廉「おい、オタたち!」と、岩橋玄樹パニック障害を考える』にも書きました。)

平野紫耀の一強が与える影響

どんな人間でも、おだてられ続けられれば、適切な自己認識ができなくなります。
平野紫耀がメンバーに対し「天狗にならないように」と言ったこともありますが、自戒の念も入っているのかと思いますが、これは簡単なことではありません。

天狗になると、他人に敬意を払えなくなる場合があります。
グループメンバーなどの身内に対しても、それは当てはまります。

とにかく昨今人気のキンプリと平野紫耀ですが、
平野紫耀への周囲の扱いに対しては、「必要な箇所で自信を持たせるのは、とてもよいことだと思うけど、必要以上にチヤホヤするのは、相手のためにならない」という思いを、私個人的には持っています。

もし、平野紫耀が、マスコミやファンからの高評価だけを、ただ言葉のままに受け止め続けた場合、天狗になる可能性は低くなく、それに伴い、キンプリメンバーへの敬意を失ったり、メンバーの活躍を喜ばなくなったりする可能性もあります。
(これは、「平野紫耀の性格によるもの」というよりかは、「平野紫耀の置かれている状況によるもの」になります。)

これを回避するには、適切な反省、適切な緊張感が必要で、
最も望ましいのは自身による内省によるものですが、これは誰でも簡単ではないので、
できれば、キンプリメンバー内での自浄作業として、メンバー内で「ダメなものはダメだ」と指摘し合って、反省し合ってほしいというのが、私の思いです。

具体的なところは、なかなか視聴者などには見えてこないものと思いますが、
平野紫耀一強の状況が、まだ若いキンプリメンバーと、平野紫耀自身に悪い影響が出ないことを、願っています。

平野紫耀も、他のメンバーも、元は誠実で真面目な性格で、メンバーを信頼していきたいという思いを持ち合った幸運な6人だと思います。
過去か、未来か、一時的な過ちは出るものと思いますが、
キンプリメンバーの力を合わせて、乗り越えられるものと信じてもよいかと思います。

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平野紫耀は裏表のある性格か

「性格に裏表がある」というと悪い印象ですが、「性格に多面性がある」というと悪い印象にはなりません。

平野紫耀は、ジャニーズ事務所以外の人に対しては、とても礼儀正しく振る舞うが、
他のキンプリメンバーに対しては、まったくそうはなっていない。
テレビで見える範囲でも、そのように見えると思います。

「これは、裏表なのか、多面性なのか?」という考えで言えば、
少なくとも「平野紫耀本人にとっては、悪いものとは感じてはいない」と言えると思います。
もし、平野紫耀本人が、「上記のように接し方が人によって違うことが悪いことだ」と思っていたり、「上記のどちらかの接し方が悪いものだ」と思っていたりした場合、
平野紫耀は、テレビの前でそれを隠そうとするはずですが、そのようには見えません。

恐らく、平野紫耀は、環境に適した行動をしているだけだと思いますし、臨機応変に礼節を払えていることに自信を持っているかと思います。
(この辺の性差などに関する知識はありませんが)このこと自体は、珍しいことではないかと思います。

ただ、平野紫耀を見ている人が、この「人によって接し方が大きく違う」というものを、好きと思うか、嫌いと思うかは、個人の好みの問題なので、「嫌いになることが間違い」という訳ではありません。
ただ、「人によって接し方が大きく違う」ということ自体は「他人への敬意がない結果ではない」ということは、(ご存じの方も多いかとは思いますが)知っておいた方がよいかとは思います。

なお、テレビで映っていない範囲での平野紫耀のスタッフなどに対する接し方は、私は知りません。
ただ、平野紫耀の場合、礼節を払うべき環境では払い、
仲間内や後輩には変に気を使わないようにしているだけで、
平野紫耀は、どんな環境でも、どんな相手でも、本当に必要な礼儀は(恐らく無意識に)払うようにしていて、
そのような敬意の持ち方を、環境によって使い分けるような複雑なことは苦手なのではないかと、予想しています。

最後に

以上、平野紫耀の性格について、私の意見として書かせていただきました。
とても偉そうにいろいろ書いてしまっていますが、比較的好意的なものが多いかと思います。
もちろん、異なる意見や事実も、あるかもしれません。

「平野紫耀が好きか嫌いか」については、個人の価値観の問題なので、個人の自由だと思います。
「好き」も「嫌い」も、とても大切な感情だと思います。
ただ、「好きか嫌いか」と「正しいか間違いか」は別物です。
「感情を横に置いておいて、本当は正しいか間違いか」と、関心を持っていただくのは、とてもよいことだと思います。
「特別な責任がない限り、間違いとなるものは意外と少ない」というのが、私の経験上の感覚ではありますが、
個人的に、私自身の感情が揺さぶられる内容にメスを入れていくことは、自分の中を探検しているようで、楽しく思うことも多いです。

妻も、よく、自分の平野紫耀に関する感情に対して、批評めいたことを口にしています。

この記事を読んでいただいた方も、
「なぜ好きなのか? なぜ嫌いなのか? その好きな物事に間違ったことは混ざっているのか? その嫌いな物事に正しいことは混ざっているのか?」
ご自身の思いと感情を大切にしながら、探検気分でやっていただいくと、何かしら面白い発見があるかもしれません。

なお、もし「どう探検しても答えが見えてこない」場合があったのなら、恋の迷路に迷い込んでいるかもしれませんので、ご注意ください。

平野紫耀の天然はホンモノ?キンプリメンバーへのマウンティングは?” に対して4件のコメントがあります。

  1. サム より:

    こんにちは 前回のコメントのお返事ありがとうございました。
    今回もとても楽しく読まさせて頂きました。 性格分析とても好意的にされていると思います。
    読ませて頂いて私も思いがすっきりしました。
    そうですね 年上の方々と共演している時のあの感じは人一倍礼儀を持って接しようとしているお行儀の良さと 彼の本来の素直な可愛い性格が表れていて メンバーへの普通な感じはそれを取り除いた気を使って居ない普通の彼の姿なのでしょうね。
    そしてキンプリファン妻の夫さんも書かれていた ”平野紫耀一強の状況が、まだ若いキンプリメンバーと、平野紫耀自身に悪い影響が出ないことを、願っています” の部分、私も強く願っています。
    歳を重ねていくとあのまま素直に、と言うのは難しいかもしれませんが 良い所を失わずにいつまでも まっすぐ伸びた大きな木の様な人で居てくれたらなと思います。(この表現はロンブーの淳さんが平野君を例えて言ってた言葉で凄く的を得ていて好きな表現です)
    ひとつ、天狗になってしまう事は無いかもしれないと思えるのは 今やとても人気でファンやマスコミから高評価されて居ていたとしても 私の勝手な考えですが、彼の人生は幼少期からずっと周りから好かれ高評価される人生を送って来た故のあの性格形成がされたと思うので 今の高評価とは実はそれ程大きな差は無いかもしれないと言うものです。 そうだと良いなーと言うのが一番強い気持ちですが。
    人に好かれて生きて来たので 遊びで躊躇無く人に噛みついたり、人の大切な物を口の中に入れたり出来るのだと思います笑 本気で嫌がられないのは凄いですよね。

    またまた長々と書かせて頂きましたが とても楽しく興味深く読ませて頂きました。
    これからもブログ楽しみにしています!

    1. キンプリファン妻の夫 より:

      こんにちは

      サムさんの疑問へのヒントに、少しでもなったのなら、私も嬉しいです。
      もし、不快なところがあったら、ごめんなさい。

      「まっすぐ伸びた大きな木の様な人」という表現は、いいですね。

      確かに、もし平野紫耀が、ひた隠しにしたいような大きなコンプレックスもなく、周囲からの高評価が多い中で、幼少期から育ってきたのだとしたら、現時点で平野紫耀は、あまり周囲からの高評価には関心が薄いのかもしれませんね。
      これが天狗への歯止めとなっている可能性も十分にあるかと、私も思いました。
      「生き方」という面で、大きな迷いが少ないのだとしたら、まさに「まっすぐ伸びた木」ですね。

      芸能界やアイドルを続けるにあたり、自分の在り方に迷いや苦しみが生まれることもあるかと思いますが、大木のように、純真さと、寛容さと、多少の子供心を持って、今後も活躍してもらえたらと、私も願っています。
      ただ、平野紫耀としては、ここでの私たちのような好意的な希望を目にしたとしても、それに気を取られず、自分らしく生きてほしいなとも思っています。

      なお、個人的には、「平野紫耀が、何かしら用意された食べてはいけないものを食べるなどして、神宮寺勇太あたりから本気で叱られる」みたいなエピソードを聞いて、笑ってあげたいと思っています。

  2. 101 より:

    ひとつ言えるのは、あれでブ男だったら扱いは出川並みだったろうと思う。素直な性格とイケメンだから許されると思う、一般企業人だったら怒られてますねw。”天然”とは便利な言葉です。

    1. キンプリファン妻の夫 より:

      「それだけ平野紫耀がイケメンである」ということなのでしょうね。
      我々男性にとっては、恐ろしい世界です。

      なお、すみませんが、他のコメントの方との混同を避けるため、当ブログにコメントいただく際は、テキトウで構わないので、名前の欄へは記載いただくことをルールとさせていただいています。
      勝手ではありますが、コメントいただいた日付が10月1日でしたので、とりあえず 『101』さん として、修正させていただきました。
      失礼を、お許しください。
      もし、名前の修正希望などがあれば、その旨をコメントいただければと思います。

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