岸優太の遅れてやってきた衝撃「お兄ちゃん、ガチャ」古株ファンVS新規ファン?

※この記事の文字量は6分相当です。

突然の衝撃!岸優太『お兄ちゃん、ガチャ』

「チミ(普段、妻は私を別のあだ名で呼びます)には、見るべきものがある!」
先日、妻はそう言って、やや強引に私をテレビ前に誘導させました。
私の「すべきこと」を、どういった基準で妻は決めているのかは、私には分かりませんが、何か言い返すよりも、素直に従った方が早いことは多いものです。
妻に指示されるまま、私はテレビの前に行きます。

ガチャ♪ ガチャ♪ お兄ちゃんー♪

テレビに再生された、それ。
「なんだこれは!?」というのは、声にならなかった私の声です。
様々なものが一斉に私を襲います。

私が見させられたものは、2015年1~3月に放送されたテレビドラマ『お兄ちゃん、ガチャ』という番組の挿入歌『お兄ちゃん、ガチャ』です。

岸優太はダンスがうまかった!?

やがて心が落ち着いてから、私は「何からツッコめばよいのか?」ということになるのですが、なかなか整然と頭が働きません。
最初に言うべきことではないかもしれませんが、私が妻に最初に言ったのは、「岸優太の踊りがうま過ぎる」ということでした。

ジャニーズは全般的に踊りがうまいと思いますが、キンプリも平均的に踊りがとてもうまく、一番うまいのは髙橋海人かなと、これまで思っていましたが、それを覆しかねない衝撃がありました。
そのようなことを私は妻に話したのですが、妻も同感のようです。
「今まで岸優太にそのような印象はなかったのに、なぜなのか?」と、その後、妻は過去のテレビ放送やライブDVDなどをたくさん再生しながら、妻によるデビュー後の岸優太のダンスチェックが行われました。
結論としては、「メンバーが一人ひとり、『お兄ちゃん、ガチャ』を踊ってくれないと分からない」となりましたが。

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昔の岸優太への妻の謎の反応

それにしても、2015年年頭(当時19歳)と、2019年年頭現在(23歳)で、4年ほど期間を経ていますが、岸優太の様子から受ける印象は、両時代でかなり違います。
岸優太の当時の年齢的に、顔や印象はまだまだ変わりやすい時期なので、珍しくはなくはありませんが、岸優太のそれは不思議な感じです。

妻は「この頃の岸くんはさ…」とまで言いかけて、「別にいいんだけどさ。」で、発言は終了。
だいたい、妻が「別にいいんだけどさ」というときは、「別によくはない」ということを、私は知っています。
補完すると、「この頃の岸くんはさ、カッコイイ。」ということになります。

なぜ、「カッコイイ」という、とても短い言葉を、妻は、今さら、何のために、何を恥ずかしがって、わざわざ言わないのか、
文字数で表すと5文字。時間で表すと2秒ぐらい。私の心情で表すと「言えばいいのに」ですが、
恐らく、小馬鹿にしたくなるような親しみを抱いている相手の外見をほめるということに、抵抗を感じているのでしょう。

「少女漫画のツンデレなヒロインが、幼馴染みで少しバカにしている相手の男を、素直に褒めない。」というのと、同じメカニズムなのだと思います。
その分の岸優太に、妻は愛着を持っているのでしょう。
聞かれて恥ずかしいような人は、誰もその場にはいないのですが。

昔と今の岸優太への印象の比較

デビューするしばらく前の2015年初頭と、デビューして少し経過した2019年年頭現在での、岸優太の私の印象を、印象が強い順で並べて、比べてみます。

2015年初頭

  1. かわいくてイケメン
  2. ダンスがうまい
  3. 歌がうまい

2019年初頭現在

  1. 歌がうまい
    (同率)重度のオッチョコチョイ
  2. お調子者
  3. 誠実
  4. (よく見るとイケメン)

上記2015年初頭のものは、かなり少ない情報での私個人の印象ですので、当時の岸優太をよく知っているファンからすれば、大幅に異なる印象があがる可能性は高いのです。

ただ、恐らく、岸優太への周囲の印象は、デビューを大きく挟んだ両時代で、かなり異なるのではないかと思っていて、
もう少し言うと、「今は今の岸優太の魅力があるが、当時は当時にしかなかった岸優太の魅力があった。」ということ、
「4年間の岸優太の変化と成長は、当たり前のように起こったことではなくて、希望、努力、葛藤、挫折など様々な経験を経て起こったことである」ということ、
一般的に人間であれば珍しくない人間の変化と成長ではありますが、
岸優太のそれを見ていると、なんだか感慨深いもの、考えさせられるものがありました。

古株ファンには古株ファンの思いがある?

キンプリにおいても例に外れないようですが、一般的な話として、一部のファン界隈では、古参のファン(古株ファン)が、新参のファン(新規ファン)を毛嫌いするということが珍しくなく、古参ファンからの「これだから新規(にわか)は…」というような態度を皮切りに、新参と古参の間で小競り合いが起こることがあります。
社会生活まで拡大すると、新参古参間の争いは、大小よくありますが、正直に言うと、不必要な「いがみ合い」は、「大人気ない」という印象を、私は持っています。
これまでは、ファン間でのそういった小競り合いも、漠然と同じ印象を私は持っていたのですが、今回のデビューの前後の時代での岸優太を見ていると、古参のファンにも、少し情が移りそうです。

デビュー前の時代の岸優太を、よく知って、よく応援していた古参ファンからすると、魅力を変化させ、魅力を増した岸優太へ、新しいファンが出てくることに、
「嬉しいけど、寂しいような…」とか、
「デビュー後から岸優太を知ったファンは、昔の岸優太の魅力や、あのときの、当たり前のことではない、あれやこれやを知らないんだろうな…」とか、
「過去の岸優太を知らなくても、それでも今、岸優太は魅力的であると、完結できてしまうんだろうな…」とか、
うまく言葉にできませんが、そういった「寂しさ」を感じるのだろうなと、私は思いました。

この寂しさは、これ自体、悪いものではなく、むしろ素晴らしい人間の情緒の一つだと思います。
不必要な「いがみ合い」や「争い」は避けてほしいとは思いますが、古参ファンは古参ファンにしか分からない寂しさがあるのだろうと、そう思った次第です。

岸優太について書いたこの日記ですが、既に文章が長くなってしまいました。
まだ書き残したことがあるのですが、長くなりそうなので、またの機会にしようかと思います。

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